ドラゴンボールの左と右と読みやすさの秘密

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※2014/03/17追記:巻末にオマケを追加

先日、Twitterで漫画のイマジナリーラインについて話題になった。

【イマジナリーライン】を超えたマンガは最悪なのか
http://togetter.com/li/641095

その中で、自分もドラゴンボールのワンシーンを画像としてTwitterに投稿し、その画像を起点に色々な議論が交わされていくのを非常に興味深く読んだ。そこで思い出したんだけど、自分もドラゴンボールの左と右に関する記事を書いてる途中だった。

というわけで、話題がホットなうちに公開しようと思い急遽書き上げたのでお読みください。(書くこと多すぎて旬を過ぎた感は否めないけど、イマジナリーラインとは直接関係ない話だし、ね!)

キャラ位置が頻繁に入れ替わるのに読みやすい

まずはこの画像を見ていただきたい。自分がTwitterに投稿して議論になったドラゴンボールのワンシーン。
2コマ目と3コマ目で両者の位置関係が逆転していて一見混乱しそう。でも実際に読むとこの構図が一番読みやすい。ドラゴンボールは、このように前後のコマでキャラの向きが逆転することが非常に多い。でも読みやすい。それは何故か? というのが今回のお話。

左が未来で右が過去

視線の流れを図にしてみた。
漫画を読むとき、視線をこのように「逆Z」に動かすのが普通だ。この場合①から⑥の順に見ていくことになる。つまりこの番号は、読者に与える情報の順番であり、さらに言えば物語の時間軸であると言える。

2コマ目

読者は「②悟空の足払い」と「③チャパ王が体勢を崩す」のどちらを先に見るか? 目線の流れを考えれば右側にいる②の悟空を先に見るだろう。悟空が足払いをした結果チャパ王が体勢を崩すわけで、時間軸として考えたら逆はあり得ない。だから悟空が右にいる。

もし両者の配置が逆だったらどうか。「体勢を崩す→足払い」という流れになったら、読者は一瞬戸惑ってしまうのではないか。先に「体勢を崩す」を目にしたその時点では、何が起こったのか理解出来ないはずだ。

もちろん他のメディアでも時間軸逆転の演出はあるし、ドラゴンボールでもそれをやる場面はある。だけどむやみに使うのは読みづらくなるだけ。時間軸逆転を不要な場面でやらない。だから読みやすい。

3コマ目

では次のコマはどうか。両者の位置が逆転しているから倒置法ではないのか。いや、これも時間軸だ。

「④チャパ王が倒れる」が先で「⑤悟空が立ち上がる」が後。少なくとも作者はそう意図している。悟空が立ち上がるのが遅いのは余裕の表れだと自分は感じた。このときの悟空はまだ本気を出していない。

さらに言えば⑥のセリフが左端に配置されているのも「悟空が立ち上がった後に言った」という意図によるものだろう。

だから、このシーンでキャラの左右位置が逆転しているのは、高度な演出でもなんでもなく、単に「時間軸で並べた」だけなのだと自分は感じた。


ちなみに、3コマ目の配置を改編していた方がいたので参考として引用。許可ありがとうございます。
時間軸だから、こうやってコマを分けてもそれほど違和感がない。

悟空を右側に配置した場合、チャパ王が倒れる前に悟空が立ち上がっているように感じられる。悟空が超スピードで動いてる感じは出るかもしれないが、立ち上がる所でそれを表現しても効果的ではない。

このように、ドラゴンボールは視線の流れを意識して描かれており、「不要な場面での時間軸逆転をやらない」を徹底している。だからひっかかることなくスイスイと読んでいけるのだ。 

時間の流れに逆らわない自然体だから、ドラゴンボールは読みやすい。

他のシーンも貼っておこう。
ここも左右位置が入れ替わってるけど、時間軸的には「攻撃」が先で「防御」が後。だから攻撃側が右側に配置されている。

これは「クリリンのパンチを避けて」からの「反撃の手刀」だから、悟空が左で時間軸的には正しい。

左が前で右が後ろ、とも言える

次は移動方向の話。前に進むキャラクターは左右どちらに進むべきか。 
そもそも、人が何か行動をする際は必ず「時間の経過」も伴う。歩く前と歩いた後では当然後者が未来の出来事だ。だから「キャラクターは未来に向かって進んでいる」と考えられる。

前の節で説明した通り漫画における未来は左側。だから未来に進むキャラクターは左側に進むのが正しい。もちろんドラゴンボールでも、キャラクターが前進する場合は基本的に左方向へ進む。

例によって視線の流れを可視化してみた。視線の方向(=時間の流れ)とベジータの移動方向が一致している。①のフキダシを右端に配置してるのも、視線の初期位置を固定するための意図的なレイアウトだろう。②のベジータが左端にいるのも「未来にいる=速い」という印象を与えるためかもしれない。
 
相対していた敵が飛び去り、それをクリリンが追いかける場面。

敵は左方向に進む。クリリンは今まで飛んでいた方向から反転して戻る場面なので、2コマ目ではクリリンは右方向へ進む。ここでも左右逆転しているが、「戻る」ことを絵で伝えるためにあえて右方向へ進ませているのだと思われる。

なお、この2コマだけだとクリリンが敵の真逆に飛んでいるように見えるかもしれないが、普通に読んでいたときはなんの違和感も感じなかった。不思議だ。

方向転換の場面。最初は左に進んでいるが、方向転換する際に向きが変わる。この場面では横に曲がった印象を出すために、左と右の中間である下方向へ進む。3コマ目でカメラを傾けているのは単なるカメラワークの変化だけなく、移動方向を分かりやすくするための工夫でもあるのだろう。

右向きの力と目線の衝突

攻撃を受け止める、なにかにぶつかる、といった「勢いが殺される」場面は必ず右向きに描かれている。
読者の目が右から左へ流れる。それだけで「漫画のコマには左向きの流れが発生している」状態となる。なので「右方向へのキャラクターの力」は「左方向の目線の流れ」とぶつかりあうことになる。

このシーンは、ピッコロの攻撃を右向きに描くことで勢いが打ち消されている感覚を、間違いなく意図的に出している。

天津飯によって悟空が壁に叩きつけられる場面。天津飯の右向きの力と、目線の左向きの力で悟空が挟まれている感覚はないだろうか。ここでもやはり二人の位置が左右逆転しているが、それによって1コマ目の移動感と、2コマ目の挟まれている感じが両立できるのだ。

これは例外? それとも別の意図?

次のシーンも、Twitterに投稿したシーン。タンバリンが悟空に向けて口から光線を撃つ場面。3コマ目がなぜ右向きなのか大きく議論になった。
今までの解釈からすると、「時間軸的には光線の発生が後」「光線が前に進んでいる」のだから左向きが正しいのでは、と思えるし、実際4コマ目では左向きになっている。前後のコマでわざわざ左右逆転しているあたり、やはり何か意図がありそうだ。

 Twitterでは様々な解釈が挙げられていた。納得感があったものを要約すると、主に以下の3種類に分けられる。
「左を向いてる2コマ目の悟空に向けて撃ってるんだ」
「逆Z視線の折り返し地点だから流れを良くするために右下に向けて撃っている」
「3コマ目は悟空視点、4コマ目はタンバリン視点だ」
言われてみればどれも納得できるし、そういう意図もあるかもしれない。

しかし自分は3コマ目を「光線が伸びていく様」を表現したコマだと解釈した。なぜなら、他の場面でも同じ状況で同じ構図が使われているからだ。

次のシーン、ピッコロが腕を伸ばすコマで、まったく同じ構図が使われている。

また、画像が用意できなかったが「悟空が筋斗雲に乗って亀ハウスから飛んでいく」というコマも、これらと同じ構図で、右側に大きく悟空が描かれていた。

状況の共通性から、この構図は「伸びていく」「遠ざかっていく感」を表現しているのではないかと予測。

改めて見てみると、「腕や光線が逆方向に飛んで行く」というよりむしろ、「体が左に移動している」ように捉えることもできる。タンバリンやピッコロの体を小さく描いているのは、遠ざかっていく感をより伝えやすくするためだ、と言えばこの解釈に箔が付くだろうか。

画像加工して動きのイメージを作ってみた。
こんな動きに見え…見え…見え…る! 少なくとも自分には見える!

鳥山明は単なる天才ではなかった

ドラゴンボールの左と右。フリーザ編の終盤などはアクションの複雑化のためか法則が通じない場面も出てくるが、それ以前ならば今回挙げた「時間」「前後」「衝突」「遠ざかる」については間違いなく意図的に、計算づくで、かつ徹底してやっている。

そして今回挙げた全てが「読みやすさ」に繋がっているというのが凄い。「何が起こってるか把握するために立ち止まる」を必要としない、展開が頭にスッと入っていくから楽しむことに集中出来るし、だからドラゴンボールは楽しい。そして暴論だが、だからこそ人気が出たのだと言っても間違いではないはず。

鳥山明はよく「天才」と呼称されることが多いが、今回ドラゴンボールを解析して再認識した。天性の才能やセンスだけでなく、理論と知識に裏打ちされた緻密な計算によってドラゴンボールは描かれている。右脳も左脳も両方使った最強の漫画家で間違いない。

今回挙げたほかにも左と右の活用は多数あるし、それ以外にも上下や奥行きの使い方だとか、コマのサイズや形だとか、キャラのポーズだとか、そもそも自分が気付けていない法則や工夫はまだ無数にあるはず。ただ楽しむだけでなく、こういった要素に気をつけながら読むとまた違った面白さがあるのでオススメ。

…でも、それはムリな話。分析するつもりでコミックスを開いても、1分と経たないうちに普通に楽しく読み進めてしまって気付いたらメシの時間になっていた…、みたいな状況に陥るから。そしてハッとしてこう叫ぶんだ。

「鳥山明、すげえ…!」って。




おまけ

使おうと思ったけど使わなかった未使用画像をオマケで貼っておきます。どれもまた違う左右の活用法で面白い!
クリリンvsチャオズ戦。スキを見てかめはめ波の練習をするクリリン。隠れてやってるので後ろ向き(=右向き)だけど、3コマ目だけ左向き。これも「手を前に押し出すのが先」「ミニはめ波が出るのが後」の時間軸。

よろけたタンバリンに追撃をする場面。1コマ目は「よろける」が先なので右側。コマの割り方が斜めになってるのは、躍動感を出すだけではなく、「視線の動きが逆Z字から『く』の字に変化し目線移動がスムーズになる」という利点もある。これも狙ってやってるんだろうなあ。

画像の前のコマで、ミスターポポに蹴り飛ばされた悟空、1コマ目で木を鉄棒のように使い反転&反撃。悟空のアクションなのに左右入れ替わっていない例。

無理な体勢からの蹴りであまり勢いがなく、そもそも悟空のターンですらないので悟空左側が継続してるのか、それとも木が遠ざかってる感を出すためか、特に重要でない場面なので不必要な左右反転をしなかったのか。いや、これ全部考慮した上での構図なのかも…?

このコマはすごく面白い! 時間軸的には悟空の蹴りが先のはずなのに、読者が最初に見るのはナッパの顔。読者に「何が起こった!?」と思わせることを意図した倒置法的な演出だと思う。時間が停止したような絵に加え、読む流れをここで一瞬だけ止めることでさらに印象強いシーンに仕立て上げる鳥山マジック!

さらに言えば、「悟空が左=未来にいる」という構図が成長した悟空の圧倒的なスピードを感じさせるし、そのスピードは読者の視線より速いことさえもある、と!

右向きの力と左向きの視線がぶつかり打ち消されるどころか、自分の視線がベジータに打ち負かされたようにも錯覚する勢いのある絵で、ベジータの力強さがよく伝わってくる。


いやあ、漫画って本当に奥深いですねー。

15 件のコメント :

  1. 昔似たような話を聞いたことがあるなと思って検索してみました。
    参考になれば幸いです。
    http://t3303.ifdef.jp/negima_log06.html

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    1. 「ネギま!で遊ぶ」の記事ですね。自分もむかし興味深く読み、今回の記事の大きな土台になりました。

      ネギまの記事では「左に進む方が視線と一致しスムーズだから」という「印象」の話をしていたので、私は「左が未来だから左に進む」と「理屈」の話をしてみました。

      別の角度からの話なので「また同じ話か」とは思って頂きたくない、という思いはあります。

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  2. イマジナリーラインは「where」のためにあると思っていましたが、「when」のためでもあるのでは、というのは興味深いです。

    一歩進めると、「5W1Hのどれを重要視するか」が最上位の概念にくる、ということなのかなと思います。
    これによって、ニカイドウレンジさんの疑問も以下のように説明できます。

    ●「左が前で右が後ろ、とも言える」
    「クリリンが」(who)という情報の方が、「飛ぶ」という行為(what)よりも重要。
    (一コマ目・二コマ目ともに「飛ぶ」という行為を描いているが、それを行った人物がそれぞれで違うため、二コマ目ではwhoを重要視しないと読者が混乱するおそれがある)

    ●「右向きの力と目線の衝突」
    「神様が防御した」「悟空が防御された」という情報の方が「ピッコロが攻撃した」という情報よりも重要度が高い。
    (「ピッコロが~」はこれ以前の描写によって描かれている=既知の情報のはず)

    ●「これは例外? それとも別の意図?」
    一コマ目、タンバリンが対戦相手であること(who)、タンバリンが「何か」をしたこと(what)が示される。
    whoは明示的な情報となったが、whatは詳細まで描かれておらず、非明示的な情報であるため、これを説明する必要性が生まれる。
    このため、三コマ目ではwhoよりもwhatの情報重要度が高くなる。

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    1. 詳しい解説ありがとうございます。私もそのような「そのコマでメインとなる要素を右側に」という意図もあるかな、とは考えてました。

      ただそうすると大抵のコマが当てはまってしまうんですよね。
      最初のチャパ王が倒れるシーンの3コマ目も「倒れることがメインのコマだから右側だ」とか、あるいは攻撃関連のシーンも「攻撃側がそのコマでの主役だから右だ」と解釈出来てしまってわりと汎用的過ぎるかなと。

      もちろん各コマで「メインが何か」考慮してる感じはありましたし、実際そういう目的のコマもあったかもしれません。次回読み返すときはそのあたりも気をつけてみたいですねえ。

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  3. コマ割りと構図がグラフィックデザイナーっぽいですね。
    「レイアウト能力」と言いましょうか。

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    1. Wikipediaによると元々デザイナーだったみたいですね。そのあたりの経験がキャラやメカのデザインだけでなくコマ割りやレイアウト活かされているのかもしれませんねえ。

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  4. 全身を描いていることが何より分かりやすさの度合いをあげてる
    安易にまねると
    最近の顔のアップだらけの漫画だと混乱しやすくなる

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  5. 面白い分析ですね。
    この文脈で読んでいくと、ミスターポポのシーンは、「ガード→蹴りヒット」ですから、ミスターポポが悟空の反撃を予測して、悠々とガードしているっていう演出ではないでしょうが。

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  6. 悠々とガードしているように見えるのは、前のコマでポポがある程度距離が離れている段階で梧空を視認している描写があるおかげでしょう
    他のシーンと比べてみると神様がガードした時は前のコマが擬音だけになっていて一瞬の時を表しています

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  7. タンバリンが光線を撃つシーン、コマの向きも気になりますがなぜ2コマも光線を撃つシーンを書いたのかも気になりますね、読者からすればスピード感が失われずいぶん遅いよけて当然の攻撃に映ったことでしょう

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  8. これ演出法が先で、それに合うキャラとか技が後から作られてるようにも見える
    「こうしたら伸びてるように見えるのを発見したから手が伸びるキャラ出そう」みたいな

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  10. 大変勉強になりました!
    ありがとうございます。

    私からも一つ意見を言わせてください。
    漫画上の視線の動きは「逆Z」を基本としつつ、
    フキダシ、擬音、顔などの、
    目立つ要素により柔軟に変化する、
    と思います。
    (作者からすると、これら目立つ要素で読者の視線を誘導するわけです)

    そのため、
    クリリンの「まっ待てー」のシーンや、
    マジュニアの腕が伸びるシーンでは、
    「逆Z」が「逆己」に変化している、
    と考えます。

    具体的には次の通りです。
    (A)クリリンの「まっ待てー」のシーン
     1コマ目:①ドゥン→②クリリン→③「あっ!!」→④べジータ
     2コマ目:→「まっ待てー!!!」→⑤ギャン→⑥クリリン
     
    (B)マジュニアの腕が伸びるシーン
     1コマ目:①マジュニア→②タッ→③悟空
     2コマ目:→④マジュニアの顔→⑤シュッ→⑥マジュニアの手
     
    いかがでしょうか?
    自然な気持ちでこれらのページを読み進めていったとき、
    上のような順番で読んでいませんでしたか?

    鳥山明は視線誘導とアクションとが絶妙にマッチしていて凄いと思っていましたが、
    今回の記事を読み改めて勉強になりました。
    ありがとうございました。

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  11. 考察そのものは大変興味深くてうなづけるんですが
    これが成立する根本的な理由は「キャラデザの妙」なのでは?
    リアル路線の格闘漫画を鳥山文法で作画したら
    成り立たないと思います

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